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鈴木みのるG1落選はAEW参戦や鈴木軍解散への布石?年齢だけじゃないその理由とは?【新日本プロレス】

鈴木みのるG1落選はAEW参戦や鈴木軍解散への布石?年齢だけじゃないその理由とは?

 

2019年のG1クライマックス全出場者が発表されました。

今年は「出場枠」サプライズが多く起きました。

KENTA選手、ジョン・モクスリー選手、
BOSJを終えたばかりの覇者・ウィル・オスプレイ選手、

そして、ヘビー級転向を表明している鷹木信悟選手。

 

一方で「不出場枠」サプライズも起きました。

鈴木軍のボス・鈴木みのる選手です。

https://www.njpw.co.jp/wp-content/uploads/2019/02/%EF%BC%93-4.jpg

(引用:新日本プロレスオフィシャルサイト)

 

 

鈴木みのるのプロレス再デビュー史

2002年に獣神サンダーライガー選手とのパンクラスルールでの
エキシビジョンマッチを最後に、パンクラスでの試合を区切りをつけ、

「パンクラスMISSION」というプロレス部門を設立。

2003年、新日本プロレスに初出場を果たすと、
翌年2004年に、G1クライマックス初出場を果たします。

そして、2005年にも出場。
時代は「新日本VS外敵」の真っ只中。
高山善廣選手と共に、新日本プロレスを侵攻していました。

 

鈴木みのる選手は常に「侵攻」のキャリアを築ていきました。

 

2006年以降は、新日本プロレスから飛び出し、
NOAHや全日本プロレスを主戦場にしました。

NOAHでは至宝・GHCヘビーにも挑戦し、
高山善廣選手とともにGHCタッグを戴冠。

新日本プロレスを荒らしに荒らした2人は、
NOAHでも猛威を振るいました。

 

更に、全日本プロレスへ参戦すると、
太陽ケア選手と、今やインディー界の重鎮ともなった東京愚連隊と合体し、
今の鈴木軍のスタイルにも近いヒールユニット
「GURENTAI」を結成。

太陽ケア選手と世界タッグを奪取すると、
その年のプロレス大賞最優秀タッグを得るほどの名タッグとなりました。

 

「侵攻」はNOAH、全日本プロレスだけに留まらず、

メジャー/インディーの垣根を越えて、様々な団体を
渡り歩いてきました。

リアルジャパン、DDT、ZERO-1、ハッスル、西口プロレス、

あらゆる団体を「侵攻」しつづけ、
新日本プロレスに本格的に復帰したのは、2011年こと。

その年から再び、G1クライマックスへ連続参戦することとなりました。

 

 

しかし、2015年、2016年と、不参加でした。
その理由は、鈴木軍のNOAH侵攻。

「箱舟の宝を全て奪う」

この言葉を掲げた鈴木軍は、海賊のように

NOAHを荒らし、すべての至宝を奪っていきました。

GHCヘビー級は鈴木みのる選手。
GHCタッグはKES、GHCジュニアはタイチ選手、金丸義信選手、

GHCジュニアタッグはTAKAみちのく選手、エル・デスペラード選手。

全てのタイトルを独占した鈴木軍。

元々、熱狂的なファンの「クセ」が強い
NOAHの観客の「激しい叱咤」が鈴木軍に飛ぶこともあり、
プロレスファンのマナーを問われるほど、
鈴木軍NOAH制圧は衝撃的な事件となりました。

そして、2017年に再び新日本プロレスに復帰すると、
それまでは知らなかったユニットが誕生していました。

それが、Los Ingobernables de Japón

G1クライマックス覇者になっても、
新日本プロレスのメインストーリ―に入れなかった、
内藤哲也選手の変貌を前に、
「大きな獲物が現れた」とばかりに目をつけ、

ロスインゴが「パレハ」を増殖させ、ユニットとして
活躍していくと、
2018年からは本格的に全面対決を繰り広げました。

鈴木みのるが侵攻する理由

鈴木みのる選手が、NOAHへ侵攻を仕掛けた時のエピソードとして、
「大会の試合順が上がってきたことに焦りを感じた」と語ったことがあります。

第1試合から第4試合までのいわゆる「休憩前の試合」
にあてられることが多くなった鈴木軍。

このまま新日本プロレスに参戦していても、メインストーリに絡むことなく、
若手相手や、ロートル扱いされながら会場を温める事はまっぴらごめん、
とばかりに、新日本プロレスを飛び出し、
自分たちが大暴れできる場所を探しだしました。

棚橋弘至選手の言葉を借りると、「順番待ちなんてしてる場合じゃない」

鈴木みのる選手は、もっともっと前から、この事を実践してきました。

パンクラスを離れたのもそう、
高山善廣選手が一度目のケガで欠場した時もそう。

「順番待ち」している間に自分の価値は下がり続け、
周りから追い抜かれ、忘れ去られてしまう。

だから、鈴木みのる選手は動き続け、前に走り続ける。

その結果、たくさんの仲間と出逢い、
たくさんの栄光を掴み、

2018年には、自身の周年興行最大規模である
デビュー30周年記念野外フェスティバル

「大海賊祭」を開催。
新日本プロレス主催ではありませんでしたが、
時のIWGPヘビー級王者オカダ・カズチカ選手も出場。

2002年から始まった、プロレス再デビューという
「セカンドキャリア」は、

16年の間で鈴木みのる選手を「プロレス界の王」と呼ばれるに至りました。

鈴木みのるの今後

鈴木みのる選手が今回の「落選者」のなかで決定的に違うのは、
新日本プロレスの決定に、不満と批判をした事です。

しかも、リング上の観客の前で。

鈴木みのる選手は怒ることができる。
真壁刀義選手やYOSHI-HASHI選手は
「しょうがない」としか言わない。

しかし、鈴木みのる選手は言う。
なぜか?

「順番待ち」していないから。

そして、G1クライマックス以上のことを考えているから。

 

KAMINOGE90号で、鈴木みのる選手は、
「6月ごろに発表することがある」という旨を発言しました。

これはG1クライマックス不参加のことを指しているのか、
それとももっと大きな事があるのか?

ジョン・モクスリー選手に対し、Twitter上で宣戦布告ともとれる
発言もしました。

更に、強さへの貪欲さからなのか、今、打撃の練習に
より力をいれているとも語っています。
その、スパーリング相手が、名前は明かしていませんが、
新日本プロレスの若手だとしています。
本当の若い選手なのか、
鈴木みのる選手にとって若いだけなのか、定かではありません。
(個人的な予想からすすると、飯伏幸太選手だろうと思います。
これも、完全に予想ですが、SHO選手も、
飯伏幸太選手と同じトレーニングをしていると思います。

その理由は、BOSJからスタイルを変えてきたことと、
そのスタイルの微妙な変化が、飯伏幸太スタイルに通じるものがあったからです。)

 

この流れが、新日本プロレスのユニット抗争にどう影響していくのか?

そして、鈴木みのる選手が、G1本戦不参加ながら、
シリーズを帯同することが発表されたことは、一体どういう理由でしょうか?

契約?だったらその後の契約は?

G1本戦出ないけど、シリーズは帯同する。

そのかわり・・・

という事が話し合われていたら?

8月でスポット契約が終わるジョン・モクスリー選手との関係は?

AEWとは?

など、など。

鈴木みのる選手がG1クライマックス不参加は、

年齢や順番なんてもんじゃなく、

鈴木みのる選手やその周囲にいる人にとって、
もっと大きな世界につながるもののような気がしてなりません。

なぜなら、これまで、鈴木みのる選手が立ち止まっていた時なんて

一度もないんだから。

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